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好きに暮らす

平凡で幸せな日がずっとずっと続きますように。

大好きな叔母と「またね」のお別れ

プライベート「カボス家」

8月16日、大好きだった叔母が亡くなった。

こちらは大分、叔母は名古屋に住んでいたけど、毎年1、2回は帰ってきていた。

私が子供の頃から「名古屋のおばちゃん」は一番親しみがあった。

愛情深くて、優しくて、おしゃべりで、みんなで集まって何かすることが大好き。

常に元気で活発に動き回る。人生を楽しんでいるのがよく分かった。

みんなの輪の中心にいて。叔母がそばにいると、笑顔になる。そんな人だった。

 

そんな叔母が癌になったのは約3年前。

祖母(叔母の母親)の葬儀の前に宣告があったようで、すでに末期の一歩手前だったようだ。

抗がん剤治療と手術をして、昨年の秋に帰ってきたときは「だいぶ調子がいいんよ~」と笑顔で言っていたので私も母も安心していた。

 

私、今月4日の日の朝方、嫌な夢を見た。

3年前に亡くなった祖母が夢に出てきて、私の父と母と手をつないで笑っている。

祖母が出てくることも滅多にないし、しかも顔がハッキリ見えた。

亡くなった人と手をつなぐ夢はよくないらしい。

何かあるのかと思ったら・・・その1週間後に叔母が危篤との電話が入った。

祖母が知らせてくれたのかもしれない。

 

母たちが名古屋に行ったのは15日。

もう黄疸も出ていて、意識が朦朧とするなか、ウンウンとうなずいて少し話ができたらしい。

16日の朝、叔母は旅立ちました。

69歳。9月には70歳を迎える予定でした。

 

もっと早く連絡してくれたら、ちゃんと話もできたのに。

でも、叔母は「連絡しないで、心配かけるから」と拒んだそう。

 

本当は家族みんなで葬儀に行きたかったけど、夫も仕事を休めないし、子どもたちを連れて行くのは距離が遠すぎるということで義実家に預けて、弟と二人で出発。

 

車、特急、新幹線、電車、タクシー、片道6時間。

 

スケジュール的に行くのを諦めようかとも思いましたが。

最後に叔母に会って、ちゃんとお別れできて。やっぱり行ってよかった。

行かなかったら、絶対悔いが残ってたと思う。

 

葬儀場に泊まった母。棺桶で眠る叔母。母が夢を見たらしく。

棺桶から、いつもの赤いTシャツで叔母が普通に出てきて、母に「ちょっとどいて~」といつもの口調で言って横を通りすぎていったと。

「それ夢じゃないんじゃない?」って話をしました^^ おばちゃんらしい。

 

母はずっと泣いてた。

叔母とは年が10離れているのですごく可愛がられて育ったらしい。

大好きな姉が亡くなって。母親も亡くなって。寂しいよね。

 

叔母はすごく活発だったし、太極拳の先生をしていて体力もあったし、食べ物にも気を使って、味噌なども手作りするような人だった。

でも病には勝てなかった。まさか叔母が癌になるなんて、誰も想像できなかった。

どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 

69年。まだちょっと早いよね。

少し早く旅立つのを知っていたかのように、人よりスピードを上げて色んなことを楽しんでいた。

私から見ても、叔母の人生は楽しそうだったし、素晴らしかったと思う。

 

人はいつか死んでしまう。それが少し早いか遅いか。

悲しいけど、悲しむことじゃない。

残された人たちが、これからも元気で幸せに暮らしていけますように。

今日からまた、前を向いて生きていく。

 

おばちゃん、ありがとう。

「さよなら」じゃなく「またね」のお別れ。

 

お読みいただきありがとうございます

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